トーチカ瑠璃シーン後編37

小説です。

たったひとりの人に伝えたくて始めた、この綴り。

多くの人に伝播しています。

みんな違って、みんないい。

人に言えない嗜好や秘密、官能

人間はそれをどう思うか

自分でどう対処していくのか。

瑠璃シーンのキャッチコピーは、

俺とお前の攻防戦。

じわじわ迫りくる、お笑いサスペンス劇場でした。

トーチカ〜瑠璃シーンの後編。

神楽シーン後編1の瑠璃側の視点です。

瑠璃シーンは、

不貞、不倫、禁忌の闇を傍観する旅。

神楽シーンよりも闇を見るけれど、笑いと呆れが混在としている脱力系。

男の嫉妬、男のトラウマの癒やしも、神楽シーン瑠璃シーンともにのテーマです。

瑠璃シーン側では、何が起こっていたのか?

前回の

トーチカ瑠璃シーン後編36

妊娠をした事で、瑠璃の元からあった豊かな母性が前面に出されて、幹也からも氣持ちいいと愛玩動物かのように扱われた。

大晦日恒例の父の椎也のカウントダウンライに行くと、幹也の彼氏の明がいた。

今回はトーチカ神楽シーン後編10の瑠璃側です。

神楽シーンの、共依存カップルの未来は?

神楽も新たに苦悩が出てくるし、瑠璃は出産に到るし、幹也にとっても激動のシーン。

男の不機嫌、怒り、力での制圧。

これらから女が自分の尊厳を守る。

これが神楽シーンのテーマである。

わたしが書く小説というのは映像で見えてくるのを文章化しているのですが、この文章で女性の(もちろん男性もね)オーガズムのお手伝いにもなればいいな、とも思っています。

トーチカ神楽シーン

東三河に住む、未来を知っている少女

神楽の眼線

神楽シーンで、東三河から神奈川に嫁入りしました。

トーチカ〜瑠璃シーン

神奈川に住む、ティーンズモデルの美少女

だった瑠璃の眼線

今は世界に立つスーパーモデル

神楽シーン瑠璃シーンの同時期を交互に書いていきます。

どちらにも童顔、永遠の少年の二花(つぐはる)が絡んできます。

トーチカのこれまでの話のリンクはこちらから

トーチカ以前の話もこちらへ

BGM

カルメン組曲

トーチカ瑠璃シーン後編37

はい。そうですね。確定でいいかと思います。根拠?勘、でしかないですけど。そのように進めて頂いて構いません。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します。あ、部長、

公子に瑠璃の妊娠報告をしているのだと判る。

前もって事務所にも、結婚後すぐの妊娠の許可を貰っているからだ。

事務所にしてみれば、ブランド側がそれを許可してくれるならば、勿論、異論もない。

万が一、次期の専属モデルを外されたとて、もはや他には引く手数多だと予想可能だ。

ショーモデルでなくとも、マタニティや若い母親としての媒体の需要など、幾らでもある。

世間の話題をさらって、人氣のままに仕事が出来るのであれば、事務所は瑠璃の変化もバックアップしてくれる。

今日は会場には?はい、やはりそうですか。それはスミマセン。僕は彼女のマネージャーですし。いや、夫だから、ですかね。こうして常に隣りにいないと。

チカは笑っていた。瑠璃の夫と正堂と口に出来るのが、嬉しい。

そんな、目尻の下がった表情だ。

あんたが現場にいないと、わたしが働かないといけなくなるじゃないって、部長に怒られた。二花の仕事が入ったらしい。

仕事が入らなければ、公子もカウントダウンライに来ていたかもしれない。

椎也のマネージャーの経験もあるのだし。

公子さんは、それでからかってるから。本当は楽しんでるのよ。あの人は、今でも現場で動きたいの。

ダロウネ。

チカが謹慎処分の時、瑠璃を伴って撮影に出られたので、やけに生き生きとしていた。

二花専属のマネージャーが不在の今、チカと公子でマネージメントを大概熟していけてはいる。

現場には二花一人で向かえるし、今日のような椎也のサポートメンバーとしての仕事であれば椎也と一緒に会場入りし、椎也のマネージャーの田中が面倒を喜んでみてくれる。

公子も、実は二花のマネージメント仕事が楽しいのだと、察する。

以前に身体の関係もあったし、古くからの友だちとしての関係もあるし、アーティスト二花の仕事を全うさせたい使命もある。

チカはスマートフォンを上着のポケットに仕舞うと、そのまま瑠璃の腹に手を置いた。

これはもう、癖づいてしまった動作だ。

今日の神楽ちゃん、ゾッとするくらい、綺麗。何かあった?

神楽を観察しているが、その青白い顔以外の違いが判らない。

そう?ありがとう。二花と過ごせたからかな。

確かに何日も二花と過ごせられるというのは、離れて生活している今、とても楽しいだろう。

瑠璃ちゃんこそ。とても綺麗だよ。

神楽の返しに、瑠璃は微笑む。

籍も入れたし結婚もしたし、受精もした。

こんな幸福の今、自分はとてつもなく美しいという自覚はある。

そして、神楽も。

前みたいに、否定しないのね?綺麗って言っても。

こんなちんちくりん、という珍妙な返しばかりだったのに。

ようやく、自分が綺麗だって自覚したのね。いいわ、そういう女の自信。それで、女はより、輝きを増すのよ。

神楽は恥ずかしそうだが、納得したようだ。

ね?吉田も、神楽ちゃん、スゴく綺麗だって思うわよね?

瑠璃は自慢げに夫を見る。

まあね。初めて逢った時は、二花のロリコン性に驚いたケド。あの幼さは、すっかり消えたね。大人の女だ。

あの日、同じ日に瑠璃もチカも、二花の隣りの神楽に初めて逢った。

あの時はまだ、子どもだった。

等身大の可愛い中学生だった。

二花くん、やっぱりロリコン、なの?

明らかにロリコン、だよ。

二花自身もロリコンと認めているが、神楽の前で、改めてからかいたかった。

ほら。綺麗よ、その顔、神楽ちゃん。

二花がロリコンという事に納得したように、黙って微笑んでいる神楽は、とても美しかった。

神楽には、前にはなかった柔らかさが感じられた。

場内の照明がパッパッパと落ちていき、音が各聞こえてくる。ドラム、ベース、キーボード、ギター、それぞれの音がすぐにハーモニーを奏で出す。

チカはちゅっと、口にキスをしてきた。

音、大丈夫?

大丈夫よ。

腹にあった左手はそのままに、瑠璃の肩を右腕で抱くように、身を守る感じになった。

そこまで神経質にならずとも、いいのに。

今この時に流れるのならば、この先も育たない受精卵なのだ。

どうして、流れちゃったんだろう。

その、悲痛な声が急に響いてきた。

余りにタイミングが良すぎる。

何かと、そちらを横目で恐る恐る観察する。

神楽はステージを凝視していた。

二花の子ども、育みたかった、あのまま。

今度は、これはチカの脳内で拾った声だと判った。

どういう事?瑠璃は暗い中もチカの眼を見つめた。

神楽も妊娠してた、のか。

けど、お腹から流れちゃったって、物凄い悲鳴みたいな嘆きがうねりみたいにくる。

チカの説明に、瑠璃もパニック状態になる。

妊娠?

神楽が?

流れた?

神楽が?

二花の子を?

神楽が?

二花の子を?

流れた?

そこまで脳内でリフレインするかというと、あの二花の子ども、だからだ。

神楽が妊娠するなんて、二花の子どもしか有り得ない。

しかし、これまでの相手には妊娠の兆候は一切なかったろう、二花の種なのだ。

神楽が、そんな二花の子を妊娠していた。

しかし、流れたのだ。

混乱する中でようやく、それは理解出来た。

隣りで神楽がステージを観ながら、涙の雫を落としていっているのに瑠璃は氣づいた。

ずきんと胸が痛む。

もし、自分の中の受精卵が流れてしまったら。

楽しみにしていた子が流れてしまったら。

あたしとチカの子が、流れてしまったら。

結婚式の時、何でもなかった様子の神楽と二花だ。

とすると、妊娠に氣づいたのはその後で、そしてカウントダウンライ前に流れた。

どうして?神さま。

瑠璃は、どうしようもなく悲しくなった。

同時期に受精していたふたつの命。

瑠璃の中の受精卵は順調に育ち、神楽の中の受精卵は流れてしまった。

瑠璃は思わず、隣りの神楽の左手を握っていた。

オレンジ色の美しいトパーズの婚約指環の着いた、神楽の細い、しかし力強い手を。

いきなり手を握られたら戸惑うだろう。

神楽が瑠璃の顔を見てくると判るが、瑠璃は神楽の顔を見られずに、響いてくる音楽を聴きながら、ステージ上の椎也から視線を動かさなかった。

涙を流しながら。

そして神楽の指も、瑠璃の手をしっかりと握ってきた、ただ、握力は弱く。

何の涙だろう?これは。

可哀想という憐れみの涙とも、少し異なる。

二花の精子を受精出来た神楽の卵子の相性の良さにも感心するし、受精出来る程に二花の遺伝子も変容してきたという、本当にそんなことが起こり得たという感動。

そして何より、ただ悲しかった。

悲しい。

ただショックだ。

自分の事ではない、元カレの子を宿す事の出来た神楽への、妙な罪悪感も生まれてきたのも真実だ。

あたしだけ、順調に妊娠が進んでいく。

そんな無意味な罪悪感など要らないとは頭では判っている。

それでも。

神楽に何を言えるだろう、今。

何を言えば本来の慰めになるのか、判らないけれど。

そんな思考の向こう側ではただずっと、ステージの椎也とサポートメンバーそれぞれのパフォーマンスと楽器の音色を、じっくりと堪能している。

視覚も聴覚も、いつもよりやけに優れていた。

細かい全てをとらえられる。

ああ、もしかしたらこれは、受精卵の為せる技なのかもしれないね。

瑠璃は左手を、チカが当てている手の上に当てていた。

あなたの子だからきっと、この子も天才なのね。

いつもよりクリアに見えるし、聴こえるわ。

二花も眼を瞑りながら楽しそうに弾いている。

身体の細胞全てが弾けるように、瑠璃はそれを感じる。

そう、好きなのね、この鍵盤の音が、弾き方が。

瑠璃は泣きながらも自然と身体が揺れていた。

左横の夫と共に。

チカはいつも、こんな風に見て、聴いているのね。

より色鮮やかな広い視野、今まで聴こえなかった音域までクリアに脳に入ってくる。

音のひとつひとつを脳内で弾ける音符に捉えて楽譜に書き起こしながらも、眼に見えるパフォーマンスひとつひとつをその人の癖の動きを細分化し、ステージ展開と照明のパターンひとつひとつを熟知して次にどうなるかを知りつつ、また別に芸術を俯瞰して堪能している。

チカの世界は、より感覚的且つ機能的な世界だった。

瑠璃はいつしか、この世界に入り込んでいた。

チカに促されて瑠璃はハッとし、座る。

手はもう離れていたが、隣りの神楽の手を引いて座らせた。

MCに入ったからだ。

えー、今年も、ホントウにいろんな事がありましたよ。つい最近は、長女も嫁に行きましたし。皆さん、ご存知のとおりね。楽しい結婚式でした。僕はやっぱり、泣いちゃいましたけどね。

会場内からおめでとー!の歓声が響いてきた。

椎也はその祝福の声に耳を傾けてから、ゆったりと会場にお辞儀をした。

泣かせたかったもの。

瑠璃はステージ上の父に微笑む。

ありがとう、みんな、ありがとう。寂しいけれど、生きててよかったなあと、改めて感じました。僕は娘のウェディングドレス姿を見れて、嬉しかった。という事は、僕は親不孝させちゃったかなあ、なんて思いもしました。自分たちの結婚式はしてないから。

結婚式しちゃえー!という歓声も響いてきて場内が沸いた。

それもいいかもね。今更な感じが。

椎也はその提案に、結構乗り氣なようだった。意外にいいかも。

瑠璃も、母のウェディングドレス姿や父の新郎姿を、是非見てみたいものだと期待を持った。

お前は結婚式、するの?

椎也は急に身体ごと、右後方の二花に向いた。

二花がマイクを通さず何かを喋ったのが、微かにマイクが音を拾った。

ちゃんと、マイクの前で言って、二花。

椎也は意地悪げにニヤニヤとして、二花に再度迫った。

会場にいる客には聞かせないように、二花がわざとマイクを通さずに返したネタを、椎也はきちんと拾った。

キャーという高い歓声と、ピューという口笛が響いてきた。

椎也は、ホントーにもうっ!

二花は照れた顔をして、より可愛い声を出した。

で?

時に本氣で何回か喧嘩をしたと聞くが、いい友人関係が築けている。

親友として椎也は二花が大好きだから、こういうちょっかいは逃さない。

します。いずれ、ね。

二花の茶化したり濁したりしない、思いがけない誠意ある答えに、会場がドっと反応した。

僕も呼べよ。

そりゃあ。椎也は、勿論。

照れてはいるが、二花は律儀に返した。

そこはボケてほしかったが、椎也ならば今の二花がこう返すと判っていたのだろう。

この間の娘の結婚式で、二花、結婚行進曲弾いてくれてね。豪華でしょ?

椎也が会場全体を見廻しながら自慢げに言うから、キャーだったり、スゴーイ!だったり、いいなー!だったり、歓声が響いていく。

自分の結婚式でも弾くの?

弾きません。

弾けばいいのに。

酔っぱらいのように二花に絡んでいく。

じゃあ、椎也に唄ってもらおうか、俺の時は。

逆襲するかのように、二花はニヤついて、より声変わりのような声を出した。

いいね。何唄おうか?

そこで乗るのが椎也だ。

考えといて。椎也、ハモリの選曲センス、今まで最高だよね、俺にとって嫌味な曲を選ぶとか。

チカのよくくちずさんでいたCarnivalを二花にハモらせたり、パパが娘にパパを贈ったり、椎也の選曲は抜群に泣かせてくれる。

なーにー?と、歓声が響いてきたからか、椎也は二花に近寄り、二花の頭をグシャグシャ撫でた。

まるで、仲が良すぎる関係みたいだ。

そんな腐女子的な想像をした会場内のファンがキャーキャーと黄色い声を揚げる。

最高だろ?だから、楽しみにしとけよ。

椎也は二花とファンに宣言をした。

実際、どんな嫌味な曲を二花の結婚式で唄うのだろうか。

ネチネチとした性格だから、相当に炸裂した嫌味曲だ。

年が変わる事をすっかり忘れていたのだろう。

スタッフにカウントダウンを急かされて、椎也は慌ててカウントダウンを始めた。

場内も一斉にカウントダウンを続ける。

ハッピーニューイヤーっ!

椎也の大きな声で、新しい年が始まる。

去年の最後には念願の結婚と妊娠の始まり、そして今年は出産と、どうなるのか?

瑠璃はチカと顔を見合わせ、笑い、キスをした。

会場内が盛り上がりの声で高まる中、年明け一発目の曲のイントロダクションが始まった。

今年もよろしくね、darling。

よろしくされるよ、myone。

そう、耳元でささやき合い、キスをし合い、抱きしめ合う。

ふたりは今年もこんな感じで過ごしていけるだろうし、三人になる。

きっと、バタバタな後半になるだろう。

もしかしたら、カウントダウンライを観に来れるのも、椎也のライ自体も、これで当分はお預けかもしれない。

妊娠出産育児で行動は制限されるが、楽しみは増える。

妊娠、なんて不可思議な行為だろう。

女性の腹の中で新たな命が宿り、命を懸けて産み出すとは。

瑠璃とチカは微笑みあった。

だからこそ、あたしたちは恥じずに正堂と命を繋いでいく。

隣りの神楽も、じっとステージを見続けていた。

様な想いが駆け巡っているだろう。

だからこそ。

アンコールも終わり、カウントダウンライが終了した。

すぐに神楽は明に話しかけられていた。

スゴかった!サイコーだった!

初めて椎也のライを観たのだろう。

明は口に手を当てて、興奮していた。

実に自然な愛らしさ、女の子の仕草だ。

神楽もそんな明を微笑んで見て、そうだねと頷いている。

明の前では神楽もすっかり、お姉さんだ。

神楽ちゃん。

瑠璃は神楽を抱きしめた。

神楽は驚いて、瑠璃の顔を見てくる。

あたしは先に行くわね。

え?

自然と涙が流れていく。

そして、神楽に悠然と微笑む。

新しい世界へ行くの。

神楽は瑠璃の言葉の真意が判らないようで、首を傾げている。

瑠璃ちゃんなら、どんどん新しい世界を開拓すると思う。

神楽にはまだ、妊娠の話は出来ない。

医学的に確定ではないし、何より、神楽に告げるのは、もう少し時間を置きたい。

神楽ちゃんもよ。あなたはどんどん、変わってるもの。

神楽はじっと瑠璃の顔を見て、頷いた。

自分がちんちくりんではない、美しい花の存在だと神楽も思い知ったのだろう。

自分が香り立つ花だと知った花の華やかさは、凄まじい。

二花の精子を唯一受精出来た女としての自信も溢れている。

その青白さがまた、神楽の美しさを引き立てていた。

ああ、花よ。

あなたにはもっと、蜜蜂が群がるわね。

姉ちゃん、俺たちこのまま初詣行くから、神楽を二花くんのトコに送り届けてよ。

幹也は、そんな艶やかな女性をぽーと見惚れている明の肩を叩いて、瑠璃に声を掛けてきた。

ええ、当たり前よ。初詣?もみくちゃにされないでね。

されねーよ。

俺が守るから。

幹也は明の顔を自信満で見下ろしていた。

本当は明の肩を抱きたい処だろうが、余りもの人前なので、手を繋ぐのも控えている、という感じだった。

泊まってくの?

帰るよ、朝までには。明んち、送ってってから。

幹也も学生でなければ、ゆったりと明の家に泊まって過ごしたいだろう。

氣をつけてね。

ったりめー。

受け答えが可愛くないが、特に明の前だから、格好つけてぶっきらぼうになるだろう。

これが思春期の男子だ。

またね、明くん。

瑠璃は神楽から離れて、明に微笑んだ。

はい!また!

明は嬉しそうに口に手を当て、瑠璃とチカに頭を下げた。

氣をつけてね、明。

うんっ!神楽ちゃんも、氣をつけてね!

仲良さそうに、明は神楽に、にこにこと手を振る。

そうして、幹也と明は去っていった。

あの子

瑠璃は、そんなふたりの後姿を眺めている。

明は嬉しそうにはしゃいでいた。

幹也とこうして夜を初めて過ごせて嬉しいのだ、夜のデートが。

明は幹也の顔をずっと見上げて笑っているし、幹也の事がとても好きなのだと、傍目からでもよく判る。

決して、幹也を玩ぶ子ではない。

前に逢った時はもっと、少年っぽかったんだけど。

神楽は瑠璃がいだいた疑念を口にしてくれた。

そうね幹也の話からすると。幹也のストライクの男の子、だったのよね。

二花的ではないが、可愛い少年。

幹也が守ってあげたいタイプの容姿の可愛い男の子。

男の子、だ。

幹也が好きなのは、可愛らしい男の子だ。

好みは女の子風な男の子、ではないと思う。

神楽がもっと少年らしい明と出逢っているならば、それから明は女の子風に変わった、という事だ。

幹也は、それについて、何を感じている?

この戸惑いを、明本人に伝えられている?

幹也もとても明を好きなのだと、明を見下ろす、その柔らかな眼線で判る。

だからこそ、明の変化に戸惑っているのは、誰より幹也の筈。

なのに、幹也は何も言わない。

楽屋に行きましょっ。

払拭するように、瑠璃は神楽に、にこっと笑んだ。

幹也の事は、幹也が解決すべきだ。

その前にお嬢、コートを着てください。

歩き出そうとした瑠璃を、チカが慌てて止めた。

大丈夫なのに、darling。

まだ暑くて、とてもコートなど必要ない。

いやいや。お願いだから。

チカの懇願に、瑠璃は渋、腕を斜め後ろに伸ばす。

いつも通り、後ろから瑠璃にコートを着させた。

暑いのよ、あたし。

知ってますって、触れば、そんな体温。でも、お願いだから。

文句を言っても、万事がこんな調子だ。

瑠璃の左手を、いつも通り、チカは指を絡めて握る。

困るわね。こんな調子じゃあ、この先、どうなるかしら。

Hahaha俺はお前に、ずっとぴったり、くっついてるぞー!

仕事しなさいよ。

瑠璃は笑った。

まさに、忍者のように張り付くだろう。

行きましょ。

瑠璃は神楽に声を掛けた。

チカが先頭になり、瑠璃の手を引き、歩いていく。

本当は神楽を間に挟みたかったが、致し方ない。

妊娠中は特に、妻と子を第一に守るだろう、チカは。

え?あの娘が?

そうみたいだよ。

左横方向からそんな会話が聞こえてきて、瑠璃とチカはふっと、左横を探った。

関係者席の前側で、歩いてきた軍団をよく見てきている二人組の二十代くらいの女性。

ウソぉ、ショック。二花くんがねえ。あんな若い娘と。

男だったら良かったのに。女なんて、サイアク。あんな女なんて。

いや、最悪なのはお前たちだ。

瑠璃はその女たちの胸倉を?み、怒鳴って揺すりたい衝動に襲われたが、我慢した。

チカがぐっと手に力を込めて静止したからだ。

カッとなると、すぐに行動に移してしまう瑠璃をよく判っている。

お前らの姿、よく鏡に映して見ろよ。

何処も神楽に敵っていないじゃないか。

もっと、身なりを努力してから陰口叩けよ。

瑠璃は心の中で、その女たちに罵声を浴びせた。

大概、聞こえるようにそんな陰口を叩くのは、それなりに可愛い、モテる女たちだ。

いや、世間ではチヤホヤされる類だが、瑠璃からしたら、意識が足りない系だ。

陰口叩く暇あれば、神楽を見返してみろよ。

二花は女性とつきあうのに容姿は問わないが、あれで、割りと面食いだ。

俺、本当に瑠璃の顔も身体つきも大好きだ、と、よく瑠璃の顔と乳に見惚れていた。

結局、美人が大好きだ。

後ろを伺いつつ瑠璃とチカは進んだが、何も聞かなかったかのように、神楽はその女たちの横を歩いていった。

偉いわよ、堂していて、神楽ちゃん。

関係者口から通路に入る時、瑠璃は神楽に微笑んだ。

ああいうやっかみは多いのよ、あたしも。でも、こんな風に堂していてね。

うん。

事実、何回もモデルたちから聞こえるような陰口をわざと叩かれたが、瑠璃はそれに全く動じなかった。

バカねえ、それはあたしにとっては賞賛よ、と。

神楽の、はあっという息を吐く音が聞こえてきた。

体調、大丈夫か?

チカは心配そうに神楽の顔を覗いた。

体調悪そう?あたし。

いや。別に。

チカだって神楽の顔が青白いと感じながらも、神楽の脳内の、流れたという声を聞いているから、おかしな受け答えになる。

来る時に少し貧血気味だったけど、大丈夫だよ。ありがとう。

神楽はチカに、ニマッと笑った。

チカは何も返せず、氣まずそうに左手で頭を掻いた。

そこは普通、貧血?無理するなよ、でしょ?

流石に今の神楽に、どう言っていいものかと悩むのは判るが、挙動不審な人ね、と、瑠璃は微笑んでいた。

そのまま裏の通路を歩いていると、楽屋の前に、椎也のマネージャーの田中がいた。

大概、彼はいつもここで外部の人間が入ってこないか見張っている。

瑠璃さん、本当にご結婚おめでとう。お返し、わざわざありがとうございます。嫁が喜んでました。

田中の方から瑠璃に言葉をかけてきた。

ありがとうございます、田中さん。うふふ、甘い物がお好きだって聞いてたから。

椎也から、田中の妻は甘い菓子が好きだと聞いたので、田中だけではないが、結婚祝いの返しに縁起の良い円い菓子を選んだ。

関係者各位への結婚報告も、また異なる小さめの円い菓子にした。

吉田も長いお休み頂いて、新婚旅行、行ってきますね。

瑠璃の言葉に、チカは田中へ頭を下げる。

ええ、いってらっしゃい。多分、仕事の連絡は休みだろうと入っていくと思うけど。

田中は何故かニヤニヤ笑って、チカを見ていた。

珍しいものだ、この人が親しげなのは。

判ってます。それ、いつもそうですから。

チカは田中に、ありがとうございますと頭を下げていた。

仕事の連絡は、時間も休みも問わずに入ってくる。

もう、慣れっこなのだ。

そしてチカの仕事とは、主に瑠璃のマネージメントで、時折、二花の仕事の件で電話が入り、メール返信などでパソコンにかかりきりになる。

瑠璃もチカの仕事を納得しているので、チカが仕事に取り掛かる間は、チカの分担の洗濯や掃除も請負う事もあるし、自分磨きに費やす。

しかしもし、田中の妻としたらどうだろう。

夫の休みだろうと、何をしていようと、田中の頭の中は椎也だらけだ。

それが仕事だろうと、妻にしてみれば面白くない。

自分は何処で優先されるのか?

田中は神楽を見ていて、神楽と眼が合ったが、田中から眼を逸らした。

何故、眼を逸らしたのか。

自分が勝手に二花に入れあげて、その彼女の神楽に勝手に嫉妬しているからの、真面目な田中の神楽への罪悪感なのか。

神楽の顔の青白さに氣づいたのか。

それともまた、田中も複雑な心持ちなのか。

より美くしくなっていく神楽に見惚れたのか。

神楽も何処か不機嫌な顔つきになった。

瑠璃!

楽屋に入るとすぐ、椎也は娘の顔を見て、何処か安心したかのよう笑った。

瑠璃の顔が見れて、やたらと嬉しそうだった。

夕べも逢ったのに、パパ。

瑠璃も自分の子どもが出て行ったら、きっと判るよ、この寂しさは。

そうかもね。

瑠璃は腹に手を当てて、幸福そうに微笑む。

神楽。

二花はすぐに神楽に寄っていき、神楽の耳元で何かを言っている。

神楽も小声で二花に返していた。

体調の事だろう。

流れたというならば、二花はとてつもなく、神楽を心配していたのだ。

神楽を見る、その眼つきで判る。

おそらくは、今日は来なくていいからという二花に、神楽が大丈夫だと言い切ったのだろう。

瑠璃は、大丈夫?

神楽の心配をしていたら、面白い事に椎也が瑠璃の顔をよく覗き込んで、体調を確認してきた。

大丈夫よ。

チカが心配症になったと思ったら、椎也もまた、心配してきた。

男とは、そんなものかもしれない。

瑠璃は、くすっと笑う。

自分では、女性の細やかな生理周期や妊娠出産などの体験は出来ないから、やけに女性の体調に慎重になるのだ、男は。

無理するんじゃないよ。

ええ。

その優しさに、瑠璃は頷く。

神楽ちゃんはリクエスト無いの?

椎也は何故かニヤニヤとして、神楽に尋ねていた。

え?

神楽は不思議そうに椎也を見る。

君たちの結婚式で唄う曲。

合点のいった神楽は頷く。

実花ちゃんの曲がいいかな。

神楽は妥当な処を口にした。

確かに実花の曲ならば神楽っぽいが、実花の曲には寂しい曲もある。

そう。憶えてたら、それを唄うね。

椎也には、神楽の示唆する曲がが判ったのかもしれない。

が、わざと外した曲をセレクトするかもしれない、嫌味で。

神楽ちゃん、今日はまた、不思議な美しさだね。僕がそう言うと、セクハラみたいだけど。

不思議なって。

椎也も神楽への言葉は慎重になるのだろう。

娘よりも年下の、しかも興味ある娘だ。

迂闊な事は口に出来ないが、様に聞き出したい欲求もある。

神楽が首を傾げると、二花が神楽の肩を?んだ。

何だか神秘的だよ。

神秘的?

その青白さはまた、神楽を妖艶に引き立たせる。

妖しい美しさに、椎也はどうも弱い氣がする。

娘の眼からすると。

長澤静もまた、妖しい美だからだ。

ちょっと疲れてるかもね。

二花が機嫌悪そうな声を出した。

ギっと椎也を睨んでいる。

見るな、俺の女を、そんな眼で。

そう言いたいのだろう。

二花だとて、椎也の神楽に対する興味の深さは氣づいているだろう。

しかし椎也は、絶対的に神楽には何かを仕出かさないと判っている。

俺、帰る。

二花は機嫌悪そうに、子どもみたいな事を言い出した。

おいおい、まだ、人波が引いてない。待てよ。

椎也は可笑しそうに二花を見ていた。

それがまた、二花の氣に触ったのだろう。

椎也は、ほんっと、無粋だよ。

吐き捨てるかのように、二花はそう口にした。

あっ!あけまして、おめでとうございます!みなさん!

この、突然の不機嫌に、神楽は機転を利かしたのだろう。

健氣ね、と瑠璃は声に出して笑う。

椎也は、ぷっと笑った。

うん、あけましておめでとうございます。

益、神楽をじっくりと見つめてくる。

いい嫁だね。神楽ちゃん、心配しなくていい。二花と喧嘩なんて、よくあるんだ。こいつ、きっと生理があるんだ。時、急に苛立つし。

パパ、それこそセクハラ発言よ。

これまた、余計な一言だ。

椎也もまた、二花とどっこいどっこいの子どもだ。

瑠璃が椎也の肩に触れた。

俺がそんなに女かよ!ああ、そうかもね!女、だよ、俺は!

二花が急に声を荒げ、椎也の胸倉を?んでくる。

ほら、言わん事ない。

椎也はまだ、ニヤニヤとして、そんな二花を眺めているが。

楽屋内のみんなの視線が、この異常事態に集中してくる。

二花さん。

チカが二花を抑えようと、左肩に手を置いた。

二花は肩を上げ、バッと、その手を払う。

おかけで椎也の胸から手が離れたが。

お前が俺に触るなっ!

今度はチカに対して睨みを効かせてきた。

女だって?ああ、そうだよ!俺は男に抱かれる女だよ!お前も抱きながら笑ってたのか?

今度はチカの胸倉を?み、激しく怒りをぶつける。

この楽屋内にいる者たちは、以前の二花とチカの関係を知っているとはいえ、そんな堂と身体の関係を自らバラさなくてもいいだろうに。

相当に、二花は頭に血が昇っている。

神楽は自分の男の失態に、顔を手で覆った。

違うって俺は言ってないし。

チカは戸惑いながら、口にした。

チカもいい迷惑だ。

大体、お前が俺を女扱いし過ぎだったんだよっ!過保護に扱いやがって!

はあっ?てめっ!てめえが甘えてきたんじゃねえかっ!

二花の間近な売り言葉に、チカもぷつんと理性が切れたらしい。

瑠璃は可笑しそうに笑いを堪える。

そう、いいわよ。

過去のカップルのこんな言い合いもまた、面白い。

しかし、事態をどう収拾しようか、オドオドしている神楽と眼が合い、瑠璃は神楽の頭を撫でた。

大丈夫よ、放っておけば。

男って、こんなもんだから。

俺を女のように見てたクセに!甘く囁いてばっかりで!

俺はお前以外、男とつきあった事がねえんだよっ!女みたく甘えてくる男に加減が判るかっ!

確かに、そうだ。

チカは二花が初めての男なのだし、可愛い二花が甘えてくれば、女性のように扱うだろう。

いってみれば、チカにとって二花の性別は何でも良かった。

ただ、二花という生物に一目惚れしてしまったのだから。

ふたりで急に、はっと現実に戻ったらしい。

何してんだ、俺たち。

ふたりで戸惑って、見つめ合っていた。

ヤダ!もう、サイコー!

可笑しくて堪らない。

瑠璃は腹を抱えて笑い出す。

チカは慌てて瑠璃の後ろから腹を押さえてきた。

瑠璃、ごめんなさいっ!

マネージャーが人前で我を無くしてごめんなさいと、真摯に謝ってきた。

いいわよ。お互い、文句が言い足らなかったのよねえ。

そうだ。

当時の文句が、まだ互いに燻っていたのだ。

恋の消えた男対男として、それをぶつけ合った。

二花は、氣まずそうに神楽を見ていた。

吉田!これは一体

二花とチカの怒声を耳にした田中が、慌ててチカの元に寄って来る。

申し訳ありません。僕の失態です。

チカは田中に深く頭を下げた。

あーつか、悪いのは俺、だから。吉田くんは、何も悪くない。

確かに、そうだ。

喧嘩をふっかけたのは二花だ。

現実に戻り、汗を掻いたのだろう。

頭を掻きむしりながら、田中に頭を下げた。

いや、田中。僕が悪いんだ。二花をからかった僕が元凶で。吉田は被害を被った、だけで。

次は椎也が氣まずそうに田中に事情を説明した。

椎也さんまた、ですか。

田中は怒りで肩を震わせた。

いい加減、大人になってくださいよ。あなたは小学生ですか?

ごめん、田中。

こんな事態は度にあるのだろう。

椎也が相手を小学生のようにからかい、喧嘩になるパターン。

中二病の椎也の世話をし続け十年の田中だ。

椎也をずっと叱っているのだろう。

親か先生か。

瑠璃は、またそれも可笑しくなった。

それだけ田中に氣を許している、という事だが。

だけど、吉田!二花さんに、あんな口の聞き方はダメだ!ここは私生活の場じゃない。お前の場合は境が難しいのは判るが。

それは真っ当だが、今回の件はチカが被害者だ。

はい。その通りです。本当に申し訳ありません。

とはいえ冷静さを失い、仕事の場でタレントに暴言を吐いたのは、確かにチカの過失だ。

チカは素直に田中に非を認め、頭を下げた。

田中は仕事で絶対的に頼りになる男だ。

こういう時に、バシッとタレントも後輩も躊躇なく叱れる。

二花さん、すみませんでした。

いや、本当にお前悪くないから。

二花は頭を下げてくるチカに申し訳無さを感じたのだろう。

全て、二花の失態だ。

田中くん、聞いての通り、俺が悪いから、ね。俺の責任だから。

二花は可愛らしく困ったような顔で、田中を間近で見上げた。

田中は赤くなっていた。

必殺、少年の愛らしい懇願だ。

誰しもが、これに負けてしまう。

二花は武器を活用した。

田中が自分を好きだと判っていたのだ。

だから上目遣いで、ごめんなさい許して、と田中に甘い顔をした。

こんな顔をされたら、氣がなくても男は二花に狂ってしまう。

本当に男狂わせな男だ。

神楽はそんな二花を見て溜め息をつき、チカも溜め息をついていた。

チカもまた当時、他の男に甘い顔をする二花に、苛立った記憶が蘇ったのだろう。

チカは何かを言いたげに神楽を見ていた。

だけど、言えない、聞けない。

そんな、もどかしさ。

俺の女に色目を使うなよ!

二花はバンっと壁を左拳で叩いた。

今、反省したばかりで、これだ。

チカは神楽の心配をしていたのを、二花は誤解したのだ。

違っ!違うって違いますって。

なんだよ、もう。

チカは災難続きに、声も弱くなった。

神楽は二花の左手を握った。

拳に血がうっすら滲んでいた。

二花、彼は心配をして

心配?お前だって、奴を見てたろ?早速、不倫かよ。

神楽が二花を収めようとするが、二花はエスカレートしてきた。

パチーン。

神楽は軽く、二花の頬を手のひらで叩いていた。

いい加減にしなさい!いい年した大人なのに!

二花は眼を見開いて、叩かれた頬を押さえながら、神楽を見ていた。

まさしく、そうだ。

いい年をした大人の男がひとり、我を忘れて勝手に怒って喚き散らしている。

嫉妬も度が過ぎる。

シーンと静まり返った室内に、椎也と瑠璃の親子の笑い声が響いた。

彼女の神楽に叩かれ、叱咤される年上の二花。

可笑しすぎる。

最高の気分だろ?二花。

流石、神楽ちゃんだわ。

神楽は顔が赤くなる。

しまった、何故、こんな事を人前で仕出かしてしまったのか。

二花の沽券にも関わるのに。

その後悔だろうが、神楽のあの一撃がなければ、二花も収まらなかったろう。

神楽は二花の最高の最適なパートナーだと、周囲に認知させたのも強い。

ごめんなさい。

神楽に打たれた頬に手を当てながら、二花は神楽に呆然と見惚れて、謝罪した。

はい。早いけど、二花退場な。正月に頭冷やして、次回来い。

ごめんなさい、みんな。

椎也の言葉に、二花は頭を下げた。

コートを着て荷物を持って、神楽の肩を優しく?む。

チカはスマートフォンを片手に楽屋を出た。

タクシーを呼ぶのだろう。

楽屋を出る前に、二花はみんなに頭を再度下げた。

神楽はすっかり、かしこまってしまっていた。

チカ、神楽のフォロー、お願い。

あいよ。

脳内でチカに伝え、そう返事があった。

トーチカ瑠璃シーン後編38へ続く

年がようやく開けた!

小説(その他)ランキングへ

クリック応援、ありがとうございます。

とても励みになります