5月26日

滝川事件。鳩山一郎文相が京都大学法学部の滝川幸辰教授を自由主義思想を理由に強制免官。教授団と学生による抵抗運動に発展:昭和8年のこの日。滝川事件は、昭和8年に京都帝国大学で発生した思想弾圧事件。京大事件とも呼ばれる。事件は、京都帝国大学法学部の瀧川幸辰教授が、昭和7年10月中央大学法学部で行った講演「『復活』を通して見たるトルストイの刑法観」の内容が無政府主義的として文部省および司法省内で問題化したことに端を発するが、この時点では宮本英雄法学部長が文部省に釈明し問題にはならなかった。ところが昭和8年3月になり共産党員およびその同調者とされた裁判官・裁判所職員が検挙される「司法官赤化事件」が起こり状況は一変することになった。この事件をきっかけに蓑田胸喜ら原理日本社の右翼、および菊池武夫貴族院)や宮澤裕(衆議院・政友会所属)らの国会議員は、司法官赤化の元凶として帝国大学法学部の「赤化教授」の追放を主張し、司法試験委員であった瀧川を非難した。昭和8年4月、内務省は瀧川の著書『刑法講義』および『刑法読本』に対し、その中の内乱罪や姦通罪に関する見解な

どを理由として発売禁止処分を下した。翌5月には齋藤内閣の鳩山一郎文相が小西重直京大総長に瀧川の罷免を要求した。京大法学部教授会および小西総長は文相の要求を拒絶したが、同月26日、文部省は文官分限令により瀧川の休職処分を強行した。瀧川幸辰(明治24年2月24日〜昭和37年11月16日)は、日本の法学者。法学博士。専門は刑法。岡山県出身。京都帝国大学教授。京都大学総長。日本学士院会員。正三位勲一等瑞宝章。(出典:今日は何の日、Wikipedia)画像は、昭和31年度京都大学入学式にて。

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