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小説「私らしく、あなたらしく」第五話

「起立!礼!解散

私は葛西先生が言う「礼」が好き。

自分のこと名前で呼ばれてる気がして、

ドキドキするから。

葛西先生に「麗」って呼ばれる日は来るのかな?

なんて馬鹿げた事を思いながら、

葛西先生の方を見たら、先生と目があった。

「水城、帰る前に進路指導室に来なさい」

進路指導室にわざわざ呼び出すってことは、

あの話なんだろうなあ…。

私は憂鬱な気持ちで、

進路指導室の扉をノックしてからあけた。

「失礼します」

私は扉を閉めた。

指導室に入ると

先生はコーヒー片手にパソコンを操作していた。

「おう、水城、来たな。お前もなんか飲むか?」

私は首を横に振った。

ふと目線を下に外すと、

私に無言で問いかけるように、

机の上には白紙で出した私の進路の紙が

置かれてあった。

先生はコーヒーのおかわりを入れていたので、

私は部屋の奥まで入ると、

ブラインドがかけられた小さな窓から見える、

グランドを眺めて呟いた。

グランドでは、今度行われる体育祭の

リレーの練習をしていた。

「体育祭、私も走りたかったな」

私は走ることは医者から止められていた。

体育祭で行うダンスもリレーも参加出来ない。

私は蚊帳の外で応援することしか出来ない。

葛西先生は私の言葉に苦笑いを浮かべながら、

言いにくそうに口を開いた。

「水城は…夢…とか…あるのか?」

葛西先生の問に、

私は言葉につまった。

『私はたぶん、長くは生きられないから』

その言葉は口には出来なかった。

私は別の言葉を考えた。

「先は…わからないけど、今は目の前にある体育祭を楽しめたら、それで満足です」

「そうか…水城…将来のことは、ゆっくり考えていこうな」

進路希望は、

結局白紙のまま書くことが出来なかった。

10月15日。体育祭当日。

最終種目は「借り者競争」。

全学年の代表者数名と先生も出場して、

競争というのは名ばかりで、

人と交流することがメインの種目だ。

コース上に置かれた紙には、

いろんな事が書かれている。

例えば、

「メガネをかけた二年生」

「8月生まれの人」

とか、他にもふざけて書かれたものもある。

文字通り「借り物」ではなく、

「借り者」なのだ。

紙にはどんな人を連れて行くのかが、

書かれていた。

葛西先生も出場するようだった。

「よーい、スタート!」

選手と借り者に選ばれた人が、

一緒に走り、バトンを繋いでいく

ついに葛西先生の番になった。

葛西先生は紙を拾い中を見ると、

紙をズボンのポケットにしまい、

私の方へ走ってきた。

「水城、行くぞ」

「え?私?私でいいんですか!?

あっ…でも、私…走れないです」

葛西先生が私を選んでくれたことに

戸惑っていると、

先生はしゃがみ込み、

私に背中を向けた。

「俺が背負って走るなら問題ないだろ?

参加したいんだろ?一緒に楽しもう!ほらっ!」

「葛西先生…」

私は葛西先生の背中におぶさった。

「しっかり捕まってろよ」

私は葛西先生の背中に乗り、

初めて風をきって走った。

胸がドキドキした。

こんな嬉しいドキドキは、

生まれて初めてだった。

1位にはなれなかったけど、

体育祭に参加できたことが心底嬉しかった。

「葛西先生、借り者の紙、確認いいですか?」

ゴールで係の人に言われていたが、

「あれ?背負って走った時、どっか失くしちまったみたいだ」

葛西先生は片手をズボンのポケットに入れながら、

「同じクラブの人って書いてあったぞ」

っと、答えていた。

「葛西先生、失くさないでくださいよ〜!まあ…水城さんの顧問なんでOKですね」

係の人は次の人の確認しに行った。

「葛西先生?」

あれ?ズボンのポケットに紙入れてたはずなのに。

失くしちゃったのかな?

「葛西先生…ポケッ…」

私は言いかけてやめた。

「ん?水城、大丈夫だったか?」

葛西先生が私の頭をポンポンっと撫でた。

「はい…ありがとうございます。参加できてすごく嬉しかったです」

私は葛西先生に笑顔で答えた。

「そうか〜よかったなあ」

葛西先生のその顔は、私以上に嬉しそうに見えた。

葛西先生まさか…、

私を体育祭に参加させようとして、

紙の指示を無視して私を選んでくれたのかな?

だとしたら、

私は葛西先生に感謝することばかりだ。

参加できないと思ってた体育祭が、

葛西先生のおかげで一生の思い出に残るものとなったのだから。