【そもそも人間学とは何か】 「道」に則れば人間無限の可能性あり

知古嶋芳琉です。

引き続き、

『人物を創る』「大学」「小学」(プレジデント社)の

中から、

<政教の原理 大学>の第一章

<「道」に則れば人間無限の可能性(三綱領)>

のご紹介です。

−−−引用はここからです−−−

政教の原理 大学

第一章 「道」に則れば人間無限の可能性(三綱領)

 『大学』では、「明明徳」「親民」「止於至善」を三綱領

といい、これを実現するために、「格物」「致知」「誠意」

「正心」「修身」「斉家」「治国」「平天下」の八つを挙げ

てこれを八条目という。

その後は註釈であります。

宋の真徳秀という人が『大学衍義(えんぎ)』を著し、

明の邱濬(きゅうしゅん)という人は

『大学衍義補』を著した。

日本では熊沢蕃山(くまざわばんざん)先生の

大学講義(『大学小解』『大学和解』『大学或問』の

三著がある)が良い。

1、 「道」と「徳」

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<三綱領の一>

大学の道は明徳を明らかにするに在り。

大学之道、在明明徳。

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○ 漢文訳読における創造力−陶鋳力

  ここで漢文の読み方でありますが、

「大学之道在明明徳」というふうに、直読しなければ

意味がないという新しがりやの漢学者が多い。

もちろん直読することも必要で、シナの学問とすれば

なおさらのこと、シナ音で読むのが一番よろしい。

しかし、日本はすでに奈良朝時代からひっくり返って

読んでいるのであって、このように読むことによって

漢文化というものが日本化されたのである。

これは読即訳で、翻訳・消化を一挙にやっている。

こういうことができる自主的精神を持っておったから

こそ、日本人はインド・シナ・朝鮮などの文化を迎えて

も、決して外国化しなかったのであります。

 これは精神的ばかりでなく、生理的にもいえる。

日本には世界中の飲食物がある。

そして我々が食べても実際おいしいと思う。

西洋人にはこれができない。

他民族のものを食べるとすぐ腹をこわす。

この点、日本人の胃の腑は非常な包容力・消化力を

持っている。山鹿素行(やまがそこう)に言わせると、

陶鋳(とうちゅう)力である。

陶鋳力とは消化力・包容力を併せた創造力をいう。

仏教が来れば仏教儒教が来れば儒教と、なんでも

自由自在に消化してしまう。時には腹下りも中毒もや

るが、いつの間にか日本化してしまう。

 そういうことで、儒というものは早くから日本化され、

仏教はもとより、神・儒・仏というものが渾然として、

民族精神・民族文化になっている。

中国もまた然(しか)りで、孔孟・老荘といいますが、

戦国末から漢初にはまったく融合している。

漢代も初めは老荘思想を取り入れて

老荘政治であった。

武帝の頃に儒教を取り入れて

儒老がいっしょになった。

インド仏教が入ってくると、

ことに老荘系の教えとの間に

活発な混融が行なわれた。

禅寺というものは

インド仏教のシナ民族化したもので、

それが日本に入って

さらに日本民族化したものである。

こういうわけで訳読するので、その足らぬところは

直読によって補えばよい。

とにかく問題は、「明徳」であります。

○ 明徳−感覚、理性によって把握する世界

 これが外国訳になると実に面白い。

 レッグの『大学』訳などを読むと、

to illustrate illustrious virtue と書いてある。

「ピカピカする徳をピカピカさせる」のでは

訳として落第である。もっと深い意味があるわけで、

紀平正美先生は、「明という徳、明そのものが一つの

徳である」という。では、いったい「徳」とは何ぞ。

こうなると少しも前へ進まないが、この種の講義は

これでよいのだと思う。

 こういう話があります。

昔、晋の王子猷(ゆう)という人は、ある雪の景色のよ

い日、友の戴安道を思い出し、早速、訪ねんものと

下僕に舟を出させて、流れを遡り、かの戴安道の門前

で舟を捨てて、周囲の景色を眺めることしばし、やや

あって、「ああよかった」といって舟に乗って帰ろうと

するから、下僕はたずねた、「先生は戴先生をお訪ね

じゃないのですか」と、

すると王子猷は、

「興に乗じて来たり、興に乗じて去る、

何ぞ必ずしも戴安道を見んや」

と言って帰ってしまった。

俗談に来たのではないのだから、

別段会う必要はないということでありましょう。

『大学』もまた然(しか)りで、

興に乗じて講じ、興に乗じて已(や)む。

何ぞ必ずしも全篇を講ぜんや、であります。

○ 「徳」

 とにかく「徳」とは「宇宙生命より得たるもの」をいう

ので、人間はもちろん一切のものは「徳」のために

ある。

「徳」は「得」であります。

それには種々あって、欲もあれば良心もある。

すべてを含んで「徳」というのであるが、

その得た本質なるものを特に「徳」という。

○ 「道」

 そして、我々の「徳」の発生する本源、

己を包容し超越している大生命を「道」という。

だから

要するに

「道」とは、これによって宇宙・人生が存在し、

活動している所以(ゆえん)のもの、

これなくして宇宙も人生も存在することができない、

その本質的なものが「道」で、

それが人間に発して「徳」となる。

これを結んで「道徳」という。

したがって、

その中に宗教も狭義の道徳も政治も

みな含まれている。

非常に内包の深い、外延の広い言葉である。

(「道徳の本義」参照)

○ 明徳と玄徳

 その我々の「徳」には種々の相があるが、

そのひとつに意識というものがある。

我々の意識される分野はごく少しで、

例えば光といっても赤・橙・黄・藍・紫などの七色の

色閾(いき)しか受け取れない。

しかし、光そのものは無限である。

我々のこの意識の世界が

いわゆる「明徳」でありますが、

その根柢(こんてい:物事や考え方のおおもととなる

ところ。根本。基礎。よりどころ)には

自覚されない無限の分野がある。

老子はこれを「玄徳」といっている。

海面に出ている氷山の下には、それの八倍のものが

沈んでいるという。

ちょうどそれと同じで、

有の世界、明の世界の下には

潜在している徳、

すなわち

無意識の世界がある。

これを「無の世界」というと誤解を招くので、

無・虚という言葉を使いながら、

道家ではよく「玄」という字を使う。

 しかし、儒の教えは

「自己を修め、人を治める」

現実の学問で、

もちろん玄徳の世界を無視するものではないが、

とにかく、

そのよって立つ基礎は、意識にのぼり、

感覚で捉える世界、

知性・理性によって把握する世界、

すなわち明徳の世界である。

その明徳を解明するのが「明明徳」である。

我々は今日身体を親から受けているが、

この小なる生命というものは

両親・祖父母とずっとつながっている。

我々の両親はたった二人、二代で四人であるが、

二十代遡ると百万を超え、

三十代遡ると十億を超えるという。

そういう無限の生命が玄在(げんざい)して、

その結果、現実に自分の身体が明在している。

この身体が明徳である。

遺伝学では五千匹の前のネズミの先祖の特質が

五千匹後の子孫に出ているという。

それを考えると、

玄徳というものは恐ろしいものである。

この玄徳に豊かに根ざしている明徳ほど立派である。

だから

知識でも信念でも芸能でも、

いわゆる年季を入れぬと駄目である。

つまり、

潜在の分野を豊富にせんといかぬので、

知識でも年季経験を深めるほど、智になる。

肉体の生命力もそうです。

体格堂々としている者が弱く、

痩せっぽちの弱々しそうなのが案外強いというのは、

それは潜在と顕在の釣り合いが悪いからである。

古来英雄・哲人に風采のあがらぬ人が多い。

立身出世でも同じこと、人間、柄にもなく出世すると、

すぐの間に駄目になる。

「名門に賢子なく、将門将を出ださず」で、

「売り家と唐様(からよう)で書く三代目」、

まことに人の家というものは続かぬものである。

親父が悶々として風流・信仰で過ごすと、

子や孫に出世する者が出てくる。

だから私はよく人に言うのですが、

「自分はもっと出世ができたのだけれども、

お前のためを思って世に隠れて学問修業してきた」

と言えば、

孔子ではないが、

「人知らずして慍(いか)らず」(論語

(慍色(おんしょく:腹を立てて、むっとした顔つき))、

「世を遯(のが)れ、知られずして悔いず」(中庸)

ということが実践できる。

 こういうところに道の学問の妙味がある。

「明徳を明らかにする」とは

「我々のもっている能力を発揮する」ことで、

明徳を明らかにしようと思えば、

かえって玄徳に根ざさねばならぬ。

それによって

初めて明徳を明らかにすることができるので、

そこで

明徳を明らかにしようと思えば、

哲学とか信仰とかが必要になってくる。

 したがって、

孔孟の学と老荘の学は、

あるところまでゆくと必ず一つになる。

二つに分けるのは

本当のことがわからぬ証拠である。

−−−引用はここまでです−−−