有馬通信?・338.新聞記事は客観的表記で   

 現在、日本の新聞はほとんどの記事の最後に記者の名前が書いてあります。その記事の責任をはっきりさせるためです。ところで、一般的な日本人が書く文章は主観的・客観的を意識せずに書いています。その為、日本の小説は「私」を主人公にして書く場合が多いです。ノーベル文学賞候補と言われる村上春樹の最近発売された「騎士団長殺し」も「私」が主人公です。「日本の小説は私小説である」と言われる所以(ゆえん)です。しかし、新聞記事は必ず、客観的に書かねばなりません。その基本的なことをわきまえていない記事に遭遇しました。どういうことかと言いますと、元フィギュア選手・村元コーチの記事で、「誰にでもできるものじゃない、と思えたのには〜。」の「思えた」は主観です。正しくは「思った」と書くべきです。また、「〜夢は、〜かなえる。」も主観的表記です。それは「かなえようとしている」と書くべきです。記者は細心の注意をもって書かねばなりません。

↓写真?有馬・亀乃尾不動尊の滝は氷柱(つらら)

↓写真?有馬川に飛来した子鴨13羽(写真には8羽)は今までで最高の数で、写真の左右にあと、5羽いて、それぞれ藻を食べている。(撮影3月4日)